本来ならばこのWebページは「南条あやの日記」を連載するために、南条あやの婚約者であった私、ヰワヲが影で力を貸すという形で作られ運営されるはずのものであ った。
Webページの作成作業は1999年3月20日前後に始められた。
しかし、4月1日にWebページのオープン目指していたため時間的猶予もなく、「町田あかねのおクスリ研究所」に間借りしている形であった「現役女子高生あやちゃんのお部屋」のコンテンツの移動だけでも、かなりの苦労を要した。おり悪く町田氏は多忙であったためFTPからのダウンロードの協力が得られず、やむなく「町田あかねのおクスリ研究所」からHP巡回ソフトでコンテンツのすべてを持ってきて、リンクの張り直しの手作業で行っていた。彼女とはそんな単調な作業を飽きずに代わる代わる交代で、一台のデスクトップパソコンでこなしていた。だから、ページデザインなどに凝ってる暇など無かった。
最後の一週間というものは毎日我が家にやってきては交代でそうした作業をしていた。
そうしたなか、突然自分で書いた詩を載せたいといいだし、3月29日、3篇の詩と追加でもう1篇の詩がメールで夜間届けられた。
今思えば、あれは、私に宛てた最後のSOSであり、辞世の詩だったのかもしれない。
私は、それを見落として、単なるのフィクションの文学として捉えてしまっていた。何故気がつかなかったのか、今も悔やんでも悔やみきれないことである。
そして「南条あや」は1999年3月30日にあまりに突然に死去してしまった。
初めは信じられずにいた。いまもまだ実感が無いというのが正直なところだ。
果たしてあやは、本当に死のうとしたのか、周囲を驚かせるための狂言自殺の末の事故なのか、振り返って何を言っても無駄なのであるが、本当のところは今もってわからない。
おおいに悲しみはしたし、涙も枯れるほど流した。それについては、どれだけ語っても語り得ない事柄である。そのことについてはここはふさわしい場所ではないので別の機会に別の場所で語れる事があったならと思う。以降、私は独力で「南条あやの保護室」を完成させようと思うようになった。なぜなら、それが彼女の悲願であるような気がしたからだ。
余談になるが「南条あやの保護室」の名前はあやが決定した。今思えば、彼女は、保護されたかったのかもしれない。
4月になり、格式張った葬儀もなかったが、ネット関係者のご弔問は、かなりの数お越しいただいた。以前には会ったったことはなかった、ネット上の南条の友人の方々であった。
4月3日に最初のスタッフとなっていただいた方から、ホームページ作成作業を手伝いたい旨の申し出があった。
私は単独の作業に行きづまりを感じていたので、すぐさま歓迎した。
余談になるが この段階で一人で完成できないと感じていた私は、複数の業者にホームページ制作代行の打診していた。
手伝ってくださる人がいるならば、自分たちで作れるかもしれないという淡い期待もあった。また皆さんの心の中に南条あやを少しでも伝えることができればいいと考え、とりあえずサイト制作スタッフの参加を掲示板で呼びかけてみる事にした。
そして有志の多くのスタッフを得て、本サイトの制作チームの原型ができるに至った。仮称を"Aya's Black Children"(ABC,あやの黒子達)とした。
多くのコンテンツの変更、デザインの改良、テキスト入力にスタッフの皆さんは愚痴一つこぼさずやっていただいた。
彼女の遺志を継ぐ形で始まった作業は、そして1999年4月18日に暫定オープンする事になった。
コンテンツの作成は、善意のボランティアの方々の貴重な時間を割いて行われる。
基本的に、"Aya's Black Children"は作業の強制はないし、スタッフの入れ替わりも自由である。
"Aya's Black Children"は100%無償のボランティアで運営されている。つまり、善意のボランティアの方々の献身の上に成立している訳である。
また、サイトの運営には多大の時間と労力が必要なのはいうまでもない。
見守っていただいている方には、どうしても進展が、もどかしく感じられるだろうが、どうかそういった事情があることを、ご理解していただけたら幸いである。
このサイトは、南条あやが生きていれば20歳の誕生日になる、2000年8月13日をもって終了する予定であった。
しかし、コンテンツの完成も間に合わない事もあり、2000年8月13日の終了は困難となっている。
なによりAya's Black Childrenスタッフの無償のご協力を、どうにか今後も形あるものとして残したいと思うようになった。
そしてWebサイト「南条あやの保護室」はサイト完成後もメモリアルページとしてできうる限り、半永久的に存続させたいという考えるに至った。
今後可能な限り、Webサイト「南条あやの保護室」は、存続しつづける事をここに皆様にお伝えしたいと思う。
南条あやを、また本サイトを愛してくださる皆様には、今後ともメモリアルページ「南条あやの保護室」を是非見守っていただけたならば、幸いである。
ボランティアスタッフの方々はこのページを見てくれているかた達の代表でもある。だからこのサイトは読んでくれる、南条あやを愛してくれる皆さんのものである
。
本サイトのコンテンツの全責任は、Aya's Black Childrenが全て負うものである。
1999年11月19日改訂 ヰワヲ
2000年 6月27日最終改訂 ヰワヲ
※ご注意・詳細について(南条あやの死因の種類についての訂正と補足)